こんばんは。
素敵な言葉を有り難うございます。
私はどちらかと言えば後ろ向きに過去を後悔するタイプなので、カーリー・フィオリーナさんや、ミシェールヒビキさんを見習って前向きに考えられるようにしたいと思います。
デンマークに関する日記が面白かったので図書館で「世界一幸福な国デンマークの暮らし方」を借りて来ました。あと伊東乾さんの「さよなら、サイレント・ネイビー」と ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧 新版」も借りました。読むのが遅いので、読みきれないかもしれませんが 頑張ります。
過去の日記半分程ですが読みました。花の写真や花言葉きれいでした。癌になられたのですね。でも 早期に発見出来て 治療が出来たので良かったですね。人生に付いて深く考える きっかけに なったのでしょうか。私の知人にも癌の人が何人かいます。ミシェールヒビキさんは 前向きに 生きておられますね。
ミシェールヒビキさん、こんばんは。
ご訪問有り難うございました。昨日は、こられなかったけれど毎日拝見しています。
裁判員裁判で無期懲役か、死刑かというような重い量刑を決めなきゃいけないのは一般市民にとって荷が重すぎますね。できれば、裁判員にはなりたくないものです。
ラジオ深夜便は時々聴きます。私は夜更かしして深夜に入浴する時があるのですが、お風呂の中で聴いたりします。あと、枕元のラジオで聴いたりします。
ウォーキング この頃、歩けていません。歩いている人を見ると私も歩きゃなきゃと思うのですが。 挨拶が遅れましたが、これからも どうぞよろしくお願いします。
☆akiko☆さん、見ていただきありがとうございます。今まで、殆ど来訪者なく、2、3の方が覗きにきてくれただけでした。問わず語りの自分メモのつもりで書き込んでいます。でも見てくださる方がいらっしゃれば面白い、ご批判、ご意見等 書いて下さい。どうぞよろしく。
こんばんは。
真夜中ですけれど、条件検索から辿り着きました。貴方は哲学的な事を書かれていますね。まだ少ししか読んでいませんが、良い事が書いてあるのでこれから、ぼちぼちと読ませて頂きます。生き方の参考に。
日本人は、他人を意識した幸福を考える。幸福は定義してはいけない、一人ひとり違って当り前。多くは、(流行の先端に届かない、経済的にも遅れている、置いてきぼりになる、村八分になる)こうしたことを非常に気にするのが日本人。せっかく幸福である基盤があり、そうなれる状態であるにもかかわらず、かえってそれを不幸の原因にしている。幸福を考えるときに、何が一番大事かというと、自分自身にとって何が一番好きか、やりたいか、自分の人生はいったいどういうことによって豊かになっていくのか、それを考えるのが幸福
私が自由主義について持っている信念は殆ど全部なくなった。その代わりに私は何かひそやかなものを獲得した。それは他に言い方がないので「まともであること」と呼んでおこうと思う。
山上憶良が詠んだ以下の2首の歌がその由来。
秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種の花(万葉集・巻八 1537)
萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花(万葉集・巻八 1538)
1.プラスの考え方・言葉
プラスの考え方・言葉が大切なことを知っている人はたくさんいるが、実際にプラスの言葉を、気をつけて使っている人はあまり多くないようだ。
プラスの氣を出すためには、プラスの考え方をし、プラスの言葉を使うことが必要である。
プラスの言葉を使った時は、氣が出て生命力が高まり、マイナスの言葉を使った時は氣が引っ込み生命力が衰えていることが、身体をテストすればよくわかる。
プラスの言葉 …『自信がある』 『必ずできる』 『大丈夫』
プラスの考え方…『まだ70才だ』 (マイナスは、『もう70才だ』)
『ひとつは出来た』 (マイナスは、『ひとつしか出来なかった』)
言葉には力が秘められているから、不用意にマイナスの言葉を使わないようにしなければならない。
2.プラスの人生とマイナスの人生
楽しい人生を送りたいと思ったら心をプラスに使い、物事の明るい半面をとらえたらいい。
ジメジメした陰気な、不健康な人生を望むならば心をマイナスに使い、暗い半面をとらえたらいい。笑って暮らすも一生、泣いて暮らすも一生、本人の好き好きである。不平・不満・愚痴は消極的で心を暗くし、まわりを暗くする。逆に心を積極的に使い、氣を出していると世の中は明るくなる。
『出来ない』と答える前に『出来る』と言い、あとは即行動を起こしてみる。その結果本当に出来なかった時に初めて『出来なかった』と言えばよいのであり、それでも遅くない。
心身統一のカが働けば、集中心で「必ず成し遂げる」と確信し、行動するため、ほとんどの事が成し遂げられる。
また、気を出すことにより自らプラスの強気な面が出てくるので、弱気を直すこともできる。後悔・心配・不安・不満・恐れ・悲しみ・ぐち・悪口などは、プラスの入生を望む入にとっては、役に立たな
いものである。これらのことを日常生活で繰り返しておきながら、『うまくいなかい』『成功しない』と
言っても、それは当たり前の結果が出ているだけのことである。北を向いて歩いておきながら、『どうして南の温かい方へいかないのだろう?』と言っているようなものである。
池の底よリ清水がいったん湧出を止めると途端に泥水が殺到するように、自分の氣をちょっとでも引っ込めると、回りの氣が一斉におそいかかる。従って常に天地の無を五体に充満し、また天地に向かって気を発している状態、すなわち天地の気と完全に交流している状態になっていなければならない。
プラスの誓い
1.私は今からプラスの心で、考えます。
2.私は今からプラスの心で、話します。
3.私は今からプラスの心で、行動します。
4.私は今からプラスの心で、人に接します。
5.私は今からプラスの心で、社会に貢献します。
これを聞け
日没の無常の偈だ
人はあくせくと日々を営み、いつか来る死について考えない
風に揺れる灯のようにはかない命である
死に替わり生き替わり繋がっている縁である
まだ悟らないのか、苦しみから逃れられられないのか、どうしてそんなに安穏として居られるのか、恐れはないのか
これを聞け
強くて健康で気力のみなぎる今のうちに、死について考えておけ
中江丑吉「大衆(マッセ)は2つか3つどうしても守ることを決めておいて、あとは出来るだけ普通にやるんだ。そうしないと弱くなる。例えば戦地で捕虜を殺せと命じられたら、城壁に東亜新秩序のビラを貼れといわれたら、皇国経済学の講義をしろと言われたら、それらは断れ。あとは、朝礼でも、お題目でも、国民服でも、みんかこっちから従ってしまえ。そしてこの2つか3つは、一人ひとりの事情によって異なり、Aにとって絶対避けるべきことはBはむしろやっていいという場合さえ出てくるが、しかしその2つか3つが決められたらそれらは守らねばならず、それが侵された時は気持ちよく迫害を受けることが出来る五分の魂を持て」